インドが中国を抜く日 — 新興国経済の覇権交代が意味するもの

インド経済の「離陸」を示す数字

2024年、インドの名目GDPは約4.3兆ドルに達し、日本(約4.2兆ドル)を抜いて世界第4位に浮上した。IMFの予測によれば、2028年にはドイツを抜いて第3位になる見通しだ。この急成長を支えるのは、14億人の人口と若い人口構成だ。インドの生産年齢人口(15〜64歳)の比率は約68%で、中国の69%とほぼ同水準だが、中位年齢はインドが28歳、中国が39歳と11歳の差がある。関係者によれば、世界銀行の内部試算では「インドの人口ボーナスは2055年頃まで持続する」と見積もられているという。

中国経済の「黄昏」が始まった

一方、中国経済は構造的な減速局面に入っている。不動産バブルの崩壊、少子高齢化の加速、米中対立によるサプライチェーンの再編が重なり、かつての二桁成長は完全に過去のものとなった。2024年の実質GDP成長率は公式発表で4.8%だが、筆者の試算では実態は3%前後に過ぎない可能性がある。電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行融資残高の3指標から算出する「クレジットインパルス指標」は、公式GDPとの乖離が過去最大水準に達している。ある外資系金融機関の幹部は「中国の公式統計は、もはや経済の実態を反映していない。我々は独自のサテライトデータで中国経済を監視している」と明かす。

覇権交代の「3つの条件」

歴史的に経済覇権の交代には3つの条件が同時に満たされる必要がある。第一に、新興国の生産性の持続的な向上。第二に、既存覇権国の構造的な停滞。第三に、国際的な資本フローの方向転換だ。インドはこの3条件をどの程度満たしているのか。筆者の分析では、第一の条件は急速に整いつつある。インドのIT産業輸出額は年間約2000億ドルに達し、GDPの約5%を占める。バンガロールのテック企業群は世界のソフトウェア開発の約30%を担っている。第二の条件について、中国の潜在成長率は2030年代には3%以下に低下すると見込まれ、人口減少と債務問題が足かせとなる。第三の条件は、外国直接投資(FDI)のデータに表れている。2024年のインドへのFDI流入額は約850億ドルで、中国向け(約1100億ドル)との差は急速に縮小している。

インドの「アキレス腱」— 楽観論への警鐘

しかし、インドの台頭を阻む深刻な課題も存在する。第一に、インフラの脆弱性だ。電力供給の不安定さ、物流コストの高さ(GDPの約14%で中国の約9%を大幅に上回る)、道路・港湾の未整備が、製造業の発展を妨げている。第二に、教育格差だ。高等教育を受けた人材はIT産業を支えているが、基礎教育の質は依然として低く、15歳以上の識字率は約78%にとどまっている。第三に、官僚主義と規制の複雑さだ。世界銀行の「ビジネス環境ランキング」でインドは改善傾向にあるが、土地取得や環境許認可の手続きは依然として煩雑だ。日銀OBの一人は「インドの潜在力は疑いようがないが、中国のような国家主導の高速開発モデルは民主主義国家のインドには適用できない。成長の速度は市場の期待を下回る可能性がある」と慎重な見方を示す。

日本にとっての「機会と脅威」

結論として、インドが中国を経済規模で抜くのは2040年代後半と予測されるが、特定のセクター(IT、サービス)では既に逆転が始まっている。日本にとって、この覇権交代は機会であると同時に脅威でもある。機会としては、インドの旺盛なインフラ需要は日本企業にとって巨大な市場となりうる。新幹線技術の輸出、再生可能エネルギー設備、水処理システムなどが有望分野だ。脅威としては、インドのIT人材が日本のホワイトカラー業務を代替するリスクがある。年収200万円で日本語対応可能なインド人エンジニアが増加すれば、日本のIT産業の賃金構造は根底から揺らぐ。新興国の台頭を他人事と捉えず、自国の競争力強化に直結させる戦略が求められている。