半導体戦争の勝者は誰か — TSMCの日本進出が変える経済地図

半導体を制する者が経済を制する

21世紀の経済覇権を左右するのは石油でも金融でもなく、半導体だ。スマートフォン、自動車、データセンター、AI、防衛システム——あらゆる先端技術の根幹に半導体がある。世界の半導体市場規模は2024年に約6,300億ドル(約95兆円)に達し、2030年には1兆ドルを超えると予測されている。この巨大市場の製造を圧倒的に支配しているのが、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)だ。最先端の5nm以下の半導体に限れば、TSMCの世界シェアは約92%に達する。関係者によれば、米国政府はTSMCの台湾集中リスクを「国家安全保障上の最大の脆弱性の一つ」と位置付けているという。

TSMCの日本進出 — その真の狙い

TSMCは2024年に熊本県菊陽町で第一工場(JASM)の稼働を開始し、2027年には第二工場の完成を予定している。投資総額は約2兆円に達し、日本政府は約1.2兆円の補助金を拠出する。この巨額補助金は批判の対象にもなっているが、筆者の分析では、TSMCの日本進出の真の狙いは3つある。第一に、台湾有事リスクへのヘッジだ。台湾海峡の緊張が高まる中、製造拠点の地理的分散は経営上の必然である。第二に、自動車向け半導体の需要取り込みだ。熊本工場で製造する28〜12nmの半導体は、自動車やIoT機器向けが中心であり、日本の自動車産業という巨大顧客の近くに工場を置く意味は大きい。第三に、日本の半導体人材と素材技術の活用だ。

「経済地図」の書き換え — 九州シリコンアイランドの復活

TSMCの進出は、九州経済に劇的な変化をもたらしている。熊本県の有効求人倍率は全国トップクラスに上昇し、菊陽町周辺の地価は前年比30%以上の上昇を記録した。筆者の試算では、TSMCの工場群と関連サプライヤーの経済波及効果は年間約7,000億円に達し、熊本県のGDPを約10%押し上げる。さらに、TSMCの進出を契機に、ソニーセミコンダクタソリューションズ、デンソー、東京エレクトロンなどの関連企業が相次いで九州での投資を拡大している。ある外資系金融機関の幹部は「九州は30年ぶりに『シリコンアイランド』の地位を取り戻しつつある。日本の産業地図が文字通り書き換えられている」と評する。

日の丸半導体「Rapidus」の挑戦と課題

TSMCの工場誘致と並行して、日本政府は国産半導体メーカーRapidus(ラピダス)を通じた最先端半導体の国産化も推進している。Rapidusは北海道千歳市に2nm世代の製造工場を建設中で、2027年の量産開始を目指している。政府補助金は累計約9,200億円に達し、IBMからの技術供与を受けている。しかし、課題は山積みだ。最先端半導体の量産には数万人の熟練技術者が必要だが、日本の半導体人材は1990年代のリストラで大幅に減少している。また、TSMCが20年以上かけて蓄積した量産ノウハウを、Rapidusがわずか数年で追いつくのは現実的に困難だ。日銀OBの一人は「Rapidusは日本の産業政策の象徴的存在だが、成功確率は正直に言って3割以下だ。しかし、挑戦しなければ確実にゼロだ」と語る。

半導体地政学と日本の生存戦略

結論として、半導体戦争の「勝者」は単一の企業や国ではなく、サプライチェーン全体を制御できる陣営だ。米国は設計(Apple、NVIDIA、AMD)、台湾は製造(TSMC)、オランダは製造装置(ASML)、日本は素材と検査装置(信越化学、東京エレクトロン)という分業構造が確立されており、どの一角が欠けても先端半導体は製造できない。日本の競争力は素材・装置分野で依然として強固であり、半導体用フォトレジストでは世界シェアの約90%を日本企業が占めている。TSMCの日本進出を「外資への依存」と批判する声もあるが、製造拠点の誘致と素材・装置の国際競争力の維持を両輪で進めることこそが、半導体地政学の時代における日本の合理的な生存戦略なのである。