ウォール街で始まった「静かな革命」
2024年、ゴールドマン・サックスは約3,500人の従業員を削減した。モルガン・スタンレーは約3,000人、シティグループは約20,000人の大規模リストラを実施した。しかし、これらのリストラは従来の景気循環に伴う一時的な人員整理とは本質的に異なる。削減されたポジションの多くは、AIとアルゴリズムによって「恒久的に不要」になったものだ。関係者によれば、JPモルガンの内部資料では「2028年までにバックオフィス業務の約50%、ミドルオフィス業務の約30%がAIに置き換わる」と試算されているという。金融業界は、AI革命の最前線にいる。
AIが代替する「金融の仕事」のリスト
具体的に、AIはどの金融業務を代替するのか。筆者の分析では、5つの領域で急速な置換が進んでいる。第一は「トレーディング」だ。ゴールドマン・サックスのNY本社の株式トレーディングフロアには、2000年に約600人のトレーダーがいたが、2024年にはわずか2人になった。残りはすべてアルゴリズムが処理している。第二は「リサーチ・アナリスト」だ。GPT-4を活用した企業分析レポートの自動生成は、すでにブルームバーグやムーディーズで実用化されている。第三は「リスク管理」だ。クレジットスコアリング、不正検知、ポートフォリオのリスク計測はAIが人間を凌駕している。第四は「コンプライアンス・法務」だ。規制文書の解析や契約書のレビューはAIの得意分野だ。第五は「カスタマーサービス」だ。チャットボットやAIアドバイザーが、個人向け資産運用の相談を24時間対応する。
日本の金融機関への「波及」は不可避
ウォール街で始まったAIリストラの波は、遅かれ早かれ日本の金融機関にも到達する。三菱UFJフィナンシャル・グループは2024年に「2028年までにグループ全体で約6,000人分の業務をAI・デジタル化で代替する」と発表した。三井住友フィナンシャルグループも約4,000人分の業務効率化を目標に掲げている。筆者の試算では、メガバンク3行と主要証券会社を合わせると、2030年までに約3万人分のポジションがAIに置換される可能性がある。ある外資系金融機関の幹部は「日本の金融機関はウォール街より3〜5年遅れてAI化が進む。遅いのは技術の問題ではなく、雇用慣行と意思決定速度の問題だ」と分析する。
「AI時代に生き残る金融人材」の条件
では、AI時代に金融業界で生き残る人材とはどのような人材か。筆者の見解では、3つの能力が不可欠だ。第一は「AIを使いこなす能力」だ。AIを道具として活用し、人間にしかできない判断(倫理的判断、クライアントとの信頼構築、規制当局との交渉)を行える人材が求められる。第二は「複雑な構造化能力」だ。M&Aのストラクチャリング、プロジェクトファイナンスの組成など、定型化できない高度な金融業務はAIの代替が困難だ。第三は「セールス・リレーションシップ」の能力だ。超富裕層向けのプライベートバンキングや、大企業のCFOとの関係構築は、人間対人間の信頼に基づく領域であり、AIによる代替は当面困難だ。日銀OBの一人は「AIは金融の『作業』を奪うが、金融の『判断』と『関係性』は当面人間の領域だ。ただし、その『当面』が5年なのか10年なのかは誰にもわからない」と語る。
金融業界の「大転換」が意味するもの
結論として、AIによる金融業界のリストラは一時的な現象ではなく、産業構造の大転換だ。ウォール街では既に「AIファースト」の組織設計が標準になりつつあり、人間は「AIが対応できない例外処理」を担当する存在に変わりつつある。この変化は日本にも波及し、2030年代には金融業界の雇用者数は現在の約150万人から100万人程度に縮小する可能性がある。一方で、フィンテック企業やAI関連企業では新たな雇用が創出される。問題は、既存の金融人材がスムーズに新しい職種に移行できるかどうかだ。リスキリング(学び直し)への投資と、労働市場の流動性向上が不可欠である。AIが奪う仕事を嘆くのではなく、AIが創る新しい価値にいかに適応するか。それが金融業界に限らず、すべての産業に突きつけられた21世紀最大の問いである。


✎ ご意見をお寄せください