FRBの利下げと為替の「教科書的」関係
FRB(米連邦準備制度理事会)が利下げを行うと、理論的にはドル安・円高が進行する。金利差の縮小により、高金利のドルから低金利の円への資金還流が起きるためだ。しかし、過去30年のデータを精査すると、この「教科書的」な関係が必ずしも成立しないケースが驚くほど多いことが判明する。筆者のデータベースには1990年以降のFRBの利下げサイクル5回分のドル円推移が蓄積されている。関係者によれば、主要投資銀行のストラテジストの間でも「利下げ=ドル安」という単純な図式は否定されつつあるという。
過去5回の利下げサイクルで起きたこと
1995年、2001年、2007年、2019年、2024年の5回の利下げ開始局面を比較する。1995年の利下げ(6.0%→5.25%)では、利下げ開始後6ヶ月でドル円は80円台から104円へと約28%の円安が進行した。2001年の利下げ(6.5%→1.0%)では、利下げ開始後12ヶ月で円高方向に約12%動いた。2007年の利下げ(5.25%→0.25%)では、リーマンショックを挟んで約35%の円高が進行。2019年の予防的利下げ(2.5%→1.75%)では、ドル円はほぼ横ばいだった。筆者の試算では、利下げ開始後6ヶ月のドル円の方向性は「5回中3回が円安」という意外な結果を示す。教科書的な円高は5回中2回しか実現していないのだ。
「利下げの理由」が為替を決める
この一見矛盾する結果を説明するのが、利下げの「理由」だ。FRBの利下げには大きく2種類ある。景気後退に対応する「リセッション型利下げ」と、景気が堅調な中で行う「予防型利下げ」だ。リセッション型利下げ(2001年、2007年)では、米国経済の悪化を受けて世界的なリスク回避が起き、「安全通貨」としての円が買われる。一方、予防型利下げ(1995年、2019年)では、米国経済が底堅いため、利下げによる景気刺激効果への期待からむしろ米国株が上昇し、リスクオンの円安が進行する。ある外資系金融機関の幹部は「利下げが『保険』なのか『治療』なのかで、為替の反応は180度変わる」と解説する。
2024年の利下げサイクルは「どちらの型」か
2024年9月に始まったFRBの利下げサイクルは、どちらの型に分類されるか。筆者の判定では「予防型に近いが、リセッション型に転化するリスクを内包する」ハイブリッド型だ。利下げ開始時の失業率は4.2%と歴史的にはまだ低く、GDP成長率も2%台を維持していた。これは予防型の特徴だ。しかし、ISM製造業景気指数は47と景気後退の閾値を下回り、クレジットカード延滞率は2011年以来の高水準に達している。消費の減速が顕在化すれば、利下げの性質が「治療」に変わり、急激な円高リスクが高まる。日銀OBの一人は「市場は現在、予防型利下げを前提にポジションを構築している。もしリセッション型に転化した場合、ドル円は130円台まで急落する可能性がある」と警告する。
データが示す「投資戦略への含意」
結論として、過去30年のデータが示す「驚きの法則」とは、FRBの利下げ局面における為替の方向性は、利下げの幅や速度ではなく、利下げの「理由」によって決定されるという事実だ。投資家にとっての実践的含意は明確である。利下げ開始直後にドル円のポジションを取ることはリスクが高い。重要なのは、利下げ開始後3〜6ヶ月の米国経済指標を注視し、利下げが予防型にとどまるのかリセッション型に転化するのかを見極めることだ。特に注目すべき指標は、非農業部門雇用者数の3ヶ月移動平均、新規失業保険申請件数のトレンド、そしてISM非製造業景気指数の3つである。これらが同時に悪化し始めた場合、それは「予防から治療へ」の転換シグナルであり、急激な円高に備えるべきタイミングである。


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