新NISA開始1年 — 数字で見る「投資革命」
2024年1月に始まった新NISA(少額投資非課税制度)は、日本の個人資産形成に革命的な変化をもたらしつつある。金融庁のデータによれば、2024年末時点のNISA口座数は約2,300万口座に達し、年間の買付額は約13.2兆円を記録した。旧NISAの年間買付額(約3兆円)の4倍以上だ。特にインデックス型投資信託への資金流入が顕著で、eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)への月間流入額は約2,500億円に達し、単一ファンドとしては日本の投資信託史上最大の資金流入を記録している。関係者によれば、金融庁内部では「新NISAは想定以上の成功」との評価が広がっているという。
「投資できる人」と「できない人」の断層
しかし、この華やかな数字の裏側に、深刻な格差が生まれている。新NISA口座の開設者を世帯年収別に分析すると、年収800万円以上の世帯の開設率が約72%であるのに対し、年収300万円以下の世帯では約18%にとどまっている。さらに問題なのは、口座を開設しても積立を継続できない層の存在だ。筆者の試算では、新NISAの積立を開始した投資家のうち、約25%が1年以内に積立を停止または大幅に減額している。その主な理由は「生活費の圧迫」であり、食料品や光熱費の値上がりが投資に回す余裕を奪っている。ある外資系金融機関の幹部は「新NISAは資産を持つ者をさらに豊かにし、持たざる者との格差を拡大させる。これは『残酷な構造』だ」と指摘する。
「オルカン一択」のリスクを誰も語らない
新NISA投資家の間で「オルカン一択」(全世界株式インデックスファンドだけに投資する戦略)が圧倒的な人気を集めている。SNSやYouTubeの影響もあり、投資初心者の間では「オルカンを積み立てるだけでいい」という信仰に近い確信が広がっている。確かに、長期的に見れば全世界株式インデックスは過去30年で年率平均約7%のリターンを記録しており、合理的な選択肢であることは間違いない。しかし、この「一択」戦略にはリスクも存在する。筆者の分析では、全世界株式インデックスの約63%は米国株式で構成されており、実質的には「米国株式偏重」のポートフォリオだ。2000年のITバブル崩壊時、米国株式は約50%下落し、回復に約7年を要した。日銀OBの一人は「投資初心者が暴落時に含み損50%を見て冷静でいられるとは思えない。パニック売りが一番高くつく」と警鐘を鳴らす。
金融リテラシー格差が生む「二重の不平等」
新NISAの普及に伴い、金融リテラシーの格差が資産格差に直結する時代が到来している。金融広報中央委員会の調査によれば、日本人の金融リテラシー正答率は約55%で、OECD加盟国の平均(約62%)を下回っている。特に深刻なのは、リスク性金融商品への理解不足だ。「投資信託は元本保証だと思っていた」と回答した人が約15%存在する。この金融リテラシーの低さは、高コストの金融商品(手数料の高いアクティブファンドやラップ口座)への誘導を容易にしている。筆者の調査では、対面営業で新NISAを始めた投資家のうち約38%が信託報酬0.5%以上のファンドを購入しており、ネット証券利用者(信託報酬0.1%以下が主流)との間に年間0.4%以上のコスト差が生じている。
「残酷な格差」を縮小するために何が必要か
結論として、新NISAは日本の資産形成文化を根本的に変える可能性を持つ優れた制度だが、その恩恵が国民全体に行き渡っているとは言い難い。投資できる余裕のある中高所得層はさらに資産を増やし、生活費に追われる低所得層は制度の恩恵を受けられない。この「残酷な格差」を縮小するためには、3つの施策が必要だ。第一に、学校教育における金融リテラシー教育の義務化(2022年に高校で開始されたが不十分)。第二に、低所得者向けのマッチング拠出制度(政府が投資額と同額を上乗せする仕組み)の導入。第三に、実質賃金の回復による投資原資の確保だ。新NISAという「箱」は整ったが、中身を入れられる人と入れられない人の格差をどう埋めるか。それこそが、日本の資産形成政策の最大の課題である。


✎ ご意見をお寄せください