金価格の歴史的高騰 — 何が起きているのか
金(ゴールド)の国際価格は2025年に入り1トロイオンスあたり2,800ドルを突破し、史上最高値を更新し続けている。過去5年間の上昇率は約85%に達し、S&P500の同期間リターン約72%を凌駕する。この異常な上昇の背景には、単なる「安全資産への逃避」では説明できない構造的変化が潜んでいる。関係者によれば、世界の中央銀行による金購入量は2022年以降、年間1,000トンを超える水準が続いており、これは過去30年の平均の約3倍に相当する。
中央銀行の「脱ドル化」と金の関係
金価格の高騰を牽引する最大の要因は、新興国中央銀行による記録的な金購入である。特に中国人民銀行(PBOC)は、2022年11月から公式統計だけで約300トンの金を買い増した。しかし、筆者の試算では実際の購入量は公式発表の2〜3倍に達する可能性がある。ロンドン金市場のデータとPBOCの公式保有量の差異を分析すると、未報告の購入量は年間200〜400トンと推計される。ある外資系金融機関の幹部は「中国の金購入は、台湾有事を想定した外貨準備の分散戦略だ」と指摘する。米国がロシアに対して発動した外貨準備凍結の前例が、中国をドル資産からの脱却へと駆り立てている。
実質金利との「デカップリング」の意味
従来、金価格は米国の実質金利(名目金利からインフレ率を引いたもの)と強い逆相関を持っていた。実質金利が上昇すれば金は売られ、低下すれば買われるという関係だ。しかし2023年以降、この相関が崩壊している。米国の実質金利が2%を超える高水準にあるにもかかわらず、金価格は上昇を続けている。筆者の分析では、このデカップリングは1970年代以来、約50年ぶりの現象だ。当時は第一次オイルショックによるスタグフレーション下で金が急騰した。現在の状況はインフレの再燃というよりも、国際通貨システムそのものへの信認低下を反映していると見るべきだろう。
個人投資家は金にどう向き合うべきか
日本の個人投資家にとって、金投資はさらに魅力的な側面がある。円建ての金価格は、ドル建て価格の上昇に加えて円安効果が加わり、過去5年間で約130%上昇している。国内大手地金商のデータによれば、金地金の個人向け販売量は2024年に前年比42%増加した。しかし注意すべき点もある。金はキャッシュフローを生まない資産であり、配当も利息もない。保管コストや売買スプレッドを考慮すると、短期的な投機には向かない。日銀OBの一人は「金は保険であり、投資ではない。ポートフォリオの5〜10%を上限とすべきだ」と助言する。
金価格が示唆する「不気味な未来」
結論として、金価格の史上最高値更新は、世界経済の深層で進行する構造変化のシグナルである。地政学リスクの恒常化、米中対立の深刻化、そして国際通貨体制の動揺が、金という「究極の実物資産」への回帰を促している。歴史を振り返れば、金価格の急騰が先行指標となった危機は少なくない。1970年代のスタグフレーション、2008年のリーマンショック前夜、いずれも金は危機の到来を事前に織り込んでいた。現在の金価格が発するシグナルは、既存の国際秩序の根本的な変容であり、それは通貨の世界における「静かなる革命」と呼ぶべきものだろう。


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