地方銀行の「静かな危機」
日本の地方銀行は全国に99行存在するが、その経営状況は年々厳しさを増している。金融庁のデータによれば、地方銀行の約4割が本業(貸出・手数料業務)で赤字を計上しており、有価証券の運用益で辛うじて最終黒字を維持している。しかし、金利上昇局面では、この有価証券ポートフォリオが巨額の含み損を抱えるリスクがある。2024年9月時点で、地方銀行全体の有価証券含み損は約3.7兆円に達し、前年の約2.1兆円から大幅に拡大した。関係者によれば、金融庁は「含み損が自己資本を超過する可能性のある地方銀行」を約10行リストアップし、重点監視対象としているという。
金利上昇が「隠れ不良債権」を炙り出す
ゼロ金利時代には、企業の借入金利が極めて低かったため、本来は返済能力の乏しい企業でも利払いを継続できた。金融庁の分類上「正常先」とされている融資先の中に、実態としては不良債権予備軍が大量に潜んでいる。筆者の試算では、政策金利が1%に上昇した場合、中小企業向け貸出の約8〜12%が「要注意先」以下に転落する可能性がある。金額にして約15〜25兆円の「隠れ不良債権」が顕在化するリスクがあるのだ。特に地方銀行は中小企業向け融資の比率が高く、メガバンクと比較して不良債権化のリスクは2〜3倍大きい。ある外資系金融機関の幹部は「日本の地方銀行が抱える問題は、2023年に破綻した米国のシリコンバレーバンクと本質的に同じだ。金利上昇による有価証券の含み損と、貸出先の信用悪化のダブルパンチだ」と警告する。
連鎖破綻の「シミュレーション」
では、地方銀行の連鎖破綻は現実的なシナリオなのか。筆者は3段階のストレステストを実施した。第一段階(政策金利0.5%)では、本業赤字の地方銀行が約50行に増加するが、有価証券の含み損は管理可能な水準にとどまる。この段階での破綻リスクは低い。第二段階(政策金利1.0%)では、有価証券含み損が約8兆円に拡大し、自己資本比率が規制水準(4%)を下回るリスクのある地方銀行が5〜8行出現する。この段階で経営統合や公的資金注入の議論が始まる。第三段階(政策金利1.5%以上)では、含み損が約12兆円に達し、複数行の同時経営危機が発生する可能性がある。日銀OBの一人は「第三段階は確率的には低いが、ゼロではない。その場合、1990年代後半の金融危機の再来となる」と述べる。
米国SVB破綻の教訓 — 「取り付け」はSNSで起きる
2023年3月のシリコンバレーバンク(SVB)破綻は、現代の銀行危機の性質が根本的に変わったことを示した。SVBの取り付けは、SNSでの噂が拡散してからわずか48時間で完了した。預金者がスマートフォンのアプリで一斉に預金を引き出し、1日で約420億ドル(約6兆円)が流出した。日本の地方銀行で同様の事態が発生した場合、ペイオフ(預金保護の上限1,000万円)の限界が露呈する。1,000万円を超える預金を持つ法人や富裕層は、リスクを感じた瞬間にメガバンクへ資金を移すだろう。筆者の分析では、SNS時代の「デジタル取り付け」は従来の取り付けの約5倍の速度で進行するため、当局の対応が間に合わない可能性がある。
「地銀再編」は避けられない — その先にある未来
結論として、地方銀行の連鎖破綻は「メインシナリオ」ではないが、金利上昇のペースと幅によっては現実化しうるリスクだ。より蓋然性の高いシナリオは、経営統合を通じた地方銀行の再編である。現在99行ある地方銀行は、2030年代には50〜60行程度に集約されると筆者は予測する。金融庁も統合を促す姿勢を強めており、2024年の監督指針改正では、経営基盤の脆弱な地方銀行に対する早期警戒制度が強化された。問題は、地方銀行の消滅が地域経済にもたらす影響だ。地方銀行は単なる金融機関ではなく、地域の中小企業にとって最後の資金供給源であり、経営相談のパートナーでもある。地方銀行が消えた地域では、中小企業の資金調達手段が事実上消滅し、地域経済の衰退がさらに加速するリスクがある。金利の正常化という「正しい政策」が、地方経済に「正しくない結果」をもたらす。この矛盾をどう解消するかが、日本の金融行政最大の課題である。


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