「失われた30年」は終わっていなかった
1990年のバブル崩壊以降、日本経済の長期停滞は「失われた10年」「失われた20年」「失われた30年」と、その呼称を更新し続けてきた。2024年に日経平均がバブル期の最高値を34年ぶりに更新したことで、「ついに失われた時代は終わった」という楽観論が広がった。しかし、筆者はこの楽観論に強い疑念を抱いている。株価が最高値を更新したことと、国民の生活が豊かになったことは全く別の話だ。実質GDPの成長率は過去30年間の平均で年率約0.7%に過ぎず、同期間の米国(約2.4%)、ドイツ(約1.3%)と比較して著しく低い。関係者によれば、内閣府の経済財政諮問会議でも「日本経済の停滞は構造的であり、循環的な回復では解消しない」という認識が共有されつつあるという。
停滞の「根本原因」は何か
日本経済が30年以上停滞している根本原因を、筆者は3つの構造的要因に集約する。第一は「投資の不足」だ。日本の設備投資のGDP比は約16%で、韓国(約31%)や中国(約42%)を大幅に下回る。企業は利益を設備投資や研究開発に回さず、内部留保として溜め込んでいる。上場企業の内部留保は2024年度末に約600兆円に達し、過去最高を更新した。第二は「人的資本投資の停滞」だ。企業の従業員一人当たり教育訓練投資額は、米国の約20分の1、ドイツの約10分の1だ。第三は「規制と既得権益の岩盤」だ。農業、医療、教育、エネルギーなどの分野で、参入規制と既得権益が新規参入を阻み、イノベーションを妨げている。ある外資系金融機関の幹部は「日本の停滞は景気循環の問題ではなく、制度設計の問題だ。制度を変えなければ、あと40年でも50年でも停滞は続く」と断言する。
なぜ日本だけが取り残されたのか — 国際比較
1990年時点で、日本の一人当たりGDPは世界第3位だった。2024年には第34位にまで転落している。同時期に韓国は48位から26位に、アイルランドは25位から4位に躍進した。筆者の分析では、日本と他国の最大の差異は「デジタル化への対応速度」にある。IMDの世界デジタル競争力ランキングで、日本は2024年に32位に沈んだ。行政のデジタル化、企業のDX、デジタル人材の育成のいずれにおいても、日本は先進国の中で最後尾グループに属している。マイナンバーカードの普及一つとっても、エストニアが2001年にデジタルIDを導入してから既に24年が経過しているのに、日本は未だに保険証との統合で混乱している。日銀OBの一人は「日本はアナログ経済からデジタル経済への移行に失敗した。この10年の差は、向こう30年の競争力を決定する」と述べる。
「構造的停滞」を打破する唯一の処方箋
では、この構造的停滞を打破する処方箋は何か。筆者は「3つの解放」を提案する。第一は「資本の解放」だ。企業の内部留保600兆円を設備投資と人的投資に振り向けるための、配当課税の見直しや自社株買い規制の強化が有効だ。第二は「労働の解放」だ。年功序列・終身雇用の慣行を改め、労働市場の流動性を高める。成長産業へのスムーズな人材移動を促す失業保険の拡充と職業訓練の充実が不可欠だ。第三は「規制の解放」だ。岩盤規制の撤廃、特に医療・農業・教育分野への新規参入障壁を下げることで、イノベーションを促進する。これらの改革は痛みを伴うが、痛みなき改革で30年の停滞を脱却することは不可能だ。
「失われた40年」を回避するための残り時間
結論として、「失われた40年」はもはや予測ではなく、現在進行形の現実になりつつある。2030年までに構造改革が進まなければ、日本経済の停滞はさらに長期化し、一人当たりGDPで台湾やチェコに追い抜かれる未来が現実となる。唯一の救いは、日本にはまだ改革の原資が存在することだ。世界第3位の経済規模、企業の内部留保600兆円、個人金融資産2,100兆円という「豊かさの蓄積」がある。問題は、この蓄積を生産的に活用する仕組みが欠如していることだ。「失われた40年」を回避するための時間は、もはや数年しか残されていない。次の10年で改革が進まなければ、日本は「豊かだったが停滞した国」として、経済史の教科書に記録されることになるだろう。


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