ホルムズ海峡 — 日本経済の「急所」
日本が輸入する原油の約88%が中東地域から調達されており、その大半がホルムズ海峡を通過する。この幅わずか33kmの海峡を通過する原油量は、世界の海上輸送原油の約21%に相当する。仮にホルムズ海峡が1ヶ月間封鎖された場合、日本の石油備蓄(約200日分)で当面は凌げるが、原油のスポット価格は1バレルあたり150ドル以上に高騰すると試算される。筆者の計算では、このシナリオが実現した場合、日本のGDPは年率で約2.5%押し下げられ、消費者物価は約5%上昇する。関係者によれば、経済産業省は「ホルムズ海峡封鎖シミュレーション」を毎年更新しているが、その結果は「対外的に公表できないほど深刻」だという。
中東情勢の「新たな火種」
2023年10月のハマス・イスラエル紛争以降、中東地域の緊張は一段と高まっている。イエメンのフーシ派による紅海での商船攻撃は、2024年を通じて継続し、スエズ運河を迂回するルートへの切り替えが船舶輸送コストを約3倍に押し上げた。さらに、イランの核開発問題を巡る米イラン関係の悪化は、ペルシャ湾全体の緊張を高めている。筆者の分析では、中東地域の地政学リスクは過去30年で最も高い水準にある。特に懸念されるのは、イスラエルとイランの直接軍事衝突のエスカレーションだ。ある外資系金融機関の幹部は「中東の地政学リスクは、もはや一時的なものではなく構造的なものだ。原油価格には常に10〜15ドルのリスクプレミアムが織り込まれている」と指摘する。
原油価格高騰の日本経済への「波及経路」
中東情勢の緊迫化による原油価格の高騰は、3つの経路で日本経済に影響を与える。第一は「貿易収支の悪化」だ。原油価格が1バレルあたり10ドル上昇するごとに、日本の年間原油輸入額は約1.5兆円増加する。2024年の原油輸入額は約12兆円だったが、原油価格が100ドルを超える水準が定着すれば15兆円を超える。第二は「消費者物価への転嫁」だ。筆者の試算では、原油価格の10%上昇はCPIを約0.3%押し上げる。第三は「企業収益の圧迫」だ。特にプラスチック、化学、運輸、電力会社の利益率が直撃される。日銀OBの一人は「日本経済は原油価格変動に対して世界で最も脆弱な先進国の一つだ。中東で火花が散るたびに、東京のマーケットが震える」と語る。
エネルギー安全保障の「多角化」は進んでいるか
中東依存からの脱却は、日本の歴代政権が掲げてきた目標だが、進捗は遅い。2024年時点で中東からの原油輸入比率は依然として約88%であり、10年前の約83%からむしろ上昇している。ロシアからの調達が制裁により減少し、その分を中東に頼らざるを得なくなったためだ。一方、LNG(液化天然ガス)については、オーストラリア(約37%)やマレーシア(約14%)からの調達が進み、中東依存度は約24%と相対的に低い。再生可能エネルギーの拡大は中東依存を低減させる手段の一つだが、現在の再エネ比率(約22%)では原油への依存を大幅に減らすには不十分だ。筆者の試算では、原油輸入の中東依存度を70%以下に引き下げるには、米国、ブラジル、ノルウェーからの調達拡大に加え、省エネと電動化の加速が不可欠だ。
「地政学の時代」に日本経済はどう備えるか
結論として、中東情勢と原油価格のリスクは、日本経済にとって「管理不能な外部ショック」であり続ける。個々の紛争の予測は不可能だが、地政学リスクへの備えは可能だ。国家レベルでは、石油備蓄の拡充(現在の200日分から250日分への引き上げ)、LNGの長期契約の確保、再エネと原子力の拡大によるエネルギー自給率の向上が必要だ。企業レベルでは、原油価格ヘッジの強化、サプライチェーンの多角化、エネルギー効率の改善が求められる。個人レベルでは、エネルギー関連株やコモディティETFへの分散投資が、地政学リスクへの間接的なヘッジとなりうる。「地政学の時代」において、エネルギー安全保障は国防と同義であるという認識を、国民全体で共有すべき時が来ている。


✎ ご意見をお寄せください