食料自給率38%の国で起きる「静かな危機」— 世界的食糧不足の影響

食料自給率38%の「不都合な現実」

日本の食料自給率はカロリーベースで38%。先進国の中で最低水準であり、フランス(125%)、アメリカ(130%)、ドイツ(86%)とは比較にならない。国民が口にする食料の62%を海外に依存しているということは、国際的な食糧危機が発生した場合、日本は最も脆弱な先進国の一つだということだ。農林水産省の試算によれば、食料の輸入が完全に途絶した場合、日本人が生存できるカロリーを国内生産だけで賄うためには、主食を米と芋に切り替える必要がある。関係者によれば、農水省は「食料安全保障シミュレーション」を毎年更新しているが、その結果は「極めて悲観的」であるため、公表を控えているという。

世界的食糧不足の「3つの引き金」

世界の食糧供給を脅かす要因が同時に進行している。第一は気候変動だ。2024年、世界の穀物主要産地(米国中西部、ブラジル、オーストラリア)で異常気象が頻発し、小麦の世界生産量は前年比3.2%減少した。第二は水資源の枯渇だ。世界の灌漑農業を支える地下水帯水層の約30%が持続不可能なペースで汲み上げられている。筆者の試算では、インドのパンジャブ州やアメリカのオガララ帯水層は2040年代に灌漑能力の大幅な低下が予測される。第三は地政学リスクだ。ウクライナ紛争により、世界の小麦輸出の約25%を占めるロシア・ウクライナからの供給が不安定化している。ある外資系金融機関の幹部は「次の世界的危機は金融危機ではなく、食糧危機かもしれない」と警告する。

食料価格の高騰が日本の家計を直撃する

世界的な食糧不足は、輸入依存度の高い日本の食料価格を直撃する。2024年の食料品物価上昇率は前年比約8.3%に達し、これは全体のCPI上昇率(約3.2%)の2.6倍だ。特に影響が大きいのは、小麦製品(パン、麺類)、食用油、乳製品、牛肉だ。筆者の試算では、世界の穀物価格がさらに20%上昇した場合、日本の食料品物価は追加で約5%上昇し、標準的な4人家族の食費は月額約5,000円増加する。年間にして約6万円の負担増だ。エンゲル係数は30%に近づき、戦後の経済成長で改善してきた食生活の豊かさが逆回転し始める。日銀OBの一人は「食料品の価格上昇は、消費税の増税と同じ効果を家計に与える。しかし消費税と違い、低所得者ほど負担が重い逆進性がある」と指摘する。

農業政策の「不作為」がもたらした危機

日本の食料自給率が38%にとどまっている最大の原因は、数十年にわたる農業政策の不作為だ。農業就業者の平均年齢は68.4歳に達し、後継者不在の農家は全体の約75%に及ぶ。耕作放棄地は約42万ヘクタールで、埼玉県の面積を上回る。これだけの農地が放置されている一方、食料の62%を輸入に依存しているのは、政策的な矛盾と言わざるを得ない。さらに問題なのは、日本の農業補助金が大規模化や効率化ではなく、小規模農家の延命に使われてきたことだ。その結果、1農家あたりの平均耕作面積は約3.1ヘクタールと、オーストラリア(約4,000ヘクタール)はもちろん、フランス(約69ヘクタール)と比較しても圧倒的に小規模だ。

食の安全保障を「国防」として位置づけるべき時

結論として、食料自給率38%の日本にとって、世界的食糧不足は国家存亡に関わる脅威だ。短期的には備蓄の強化(現在の米備蓄は約100万トンだが、6ヶ月分の消費量にも満たない)が急務であり、中長期的には農業のスマート化、大規模化、若手農業者への支援拡充が不可欠だ。筆者は、食料安全保障を防衛予算と同列に「国防費」として位置づけるべきだと考える。防衛費のGDP比2%目標が議論される中、食料安全保障への投資がGDP比0.5%(約2.5兆円)にとどまっている現状は、安全保障上のバランスを欠いている。弾丸は食べられないが、食糧がなければ戦えない。この自明の理を、政策立案者は今一度直視すべきだ。